カテゴリ:白磁( 3 )

白磁 盌

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白磁 盌  2016秋


今回の窯では白磁のうつわにもいろいろと取り組みました。
時折使ってきたカオリン質の軟質白瓷だけではなく物によって何種類かの磁土を使いました。
灰合わせの釉薬を掛けてサヤにも入れず灰も炎も吹き付ける登窯で焼く磁器を試したかったのです。


12月3日からのknulpAAgalleryでの個展でご覧いただきたいと思います。
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by slipware | 2016-11-26 21:01 | 白磁 | Trackback

白磁 コップ

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白磁 コップ 2001年頃    h:99mm d:83mm


なんということも無い紙コップがあんまりきれいなのでそのままの感じで作ってみた白いコップです。
胎土は粉引やスリップウェアにも使っている朝鮮半島の河東カオリンという白くて細かい土を若干調整したものです。
磁器と陶器というものはその違いについてよく語られますが陶器は土で出来ており磁器は石の粉で出来ていると一般的に言われている程一筋縄ではゆかないと思っています。
そもそも土と石には明確な境目があるのでしょうか?
このうつわをぼくは磁器と分類していますが普通に使われている磁器とはまるで違う貫入も多く透光性も無い軟質の磁器です。

韓国の土を使っていることについて少し書きます。
本来やきものは原料のある土地で生まれてきたものだと思います。
牛や馬を使うにしても重たい土を運ぶのはなかなか大変なことで、当然土があるところで窯が発展したには違いないのです。
そういう意味では地元の原料で作るのがやきものの本道であることは言うまでもなく、遠く外国の土を取り寄せて用いるなどということはあまり感心したことではないとは思います。
それなのにどうして自分が河東カオリンをもっぱら多用しているかというとこの土の使いやすさと共に風合いのうつくしさに打たれたからに他なりません。
この白土が無ければ自分のやきものは止まってしまうという気さえするのです。
現代の日本では過去に使っていた土は様々な理由で既に掘れなくなっています。
生まれた時から踏んでいるその土地の土を焼くことが出来たら陶工としてこれほど幸せなことは無いとは思いますが、薪の炎で土を焼きたいと願う限りにおいては今ではやはりそういう土のあるところで窯を焚くというのはなかなか困難なことには違いありません。
現代は昔のように土の良い層ばかりを手掘りして使うということはやはり難しく重機で掘った土をトラックで運んで使っている場合が多いのではないでしょうか?
そういう前提で話しをするならば数十分の輸送と数日を要する輸送とは本質的に何も変わらないとも思います。
地元の原料で焼くということはたしかに立派なことには違いないのですが同時にそのことは非常に自己宣伝的に作用する危うさがあることも事実です。
やきものの作り手というのはそのままやきものの売り手でもあるわけで、こういうことを商売に利用するのはやり切れない程浅ましいことだと思います。
電動轆轤と電気窯が当たり前になった現代では蹴り轆轤やのぼり窯という言葉もまた同じような危うさをもって響くことは注意しなければならないと思っています。
そういうことを付加価値としてはものの本質は見失われがちで、誰がどこでどのようにして作ったものであれ盌はただひとつの盌として同じ地平で語られなければならないと思うのです。
数百年大切にされてきた伝来の名盌と同じように使い捨ての運命の紙コップがうつくしいというようなことは付加価値を排したところでしか成立しないのです。
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by slipware | 2009-06-01 01:17 | 白磁 | Trackback

白磁コップ

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白磁コップ  2001 秋  h:11.8cm d:9.1cm


大きめの紙コップを見ていてそのシンプルなフォルムに打たれ、慣れない白磁で取り組んで見ました。
ジュースやコーヒー、氷を入れて冷たい麦茶など結構重宝しています。
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by slipware | 2004-09-23 06:36 | 白磁 | Trackback